ジベ処理と種子なし 4

ただ、このジベレリンの研究は、ちょうど日本が日中戦争から太平洋戦争へと突入していた時期にわたっていたため、幸か不幸か、海外にほとんど惜報が流れることはなかったようです。


もし外国で発表されていたら、ノーベル賞級の発見と騒がれたかも知れないほど重要なものでした。


・・・さて、これがどうしてブドウの種子なしに応用されるようになったのでしょうか。


その辺の事情は、私にもよくわかりません。


・・・以下は、まったく私の想像なのですが、これは恐らく目的が異った結果を生んだのではなかろうかというものです。


ジベレリンがブドウの収穫に大きくプラスするだろうと考えたブドウ栽培業者がいた筈です。


そこで、花が咲き終ったブドウの房をジベレリンの液にひたしてみたのではないでしょうか。


結果は、ブドウの出来はまあまあでしたが、予期に反して種子は消えていたー生長を促進する筈のジベレリンがブドウの種子にどう作用するのか・・・


そこのところの生化学的理くつは私にもよくわかりません。


とにかく種子はなくなって、味が落ちるということもありません。


ジベ処理と種子なし 3

ちょうど開花期の山梨のブドウ園の近くを通りかかったら、花が咲き終ったぐらいのブドウの房を、小さな瓶のようなものに浸しているのを見ました。


殺虫消毒でもしているのかと思っていったい何をやっているのか、きいてみたら「ジベ処理だよ」といって、はっきりしたことは説明して下さらなかったのです。


・・・やっとくわしい事情がわかったのは、かなり後のことでした。


話は半世紀以上も昔のことになります。


明治から大正にかけて、イネをつくっている日本の農家ではバカナエ病というイネの病気に悩まされていたといいます。


これはときたまふつうのイネの苗が急げきにやたらと大きく伸びていって、伸び過ぎの結果、倒れて枯れてしまうというものです。


1926年、農芸化学の黒沢英一博士は、この伸び過ぎて枯れるイネが、ある種の細菌におかされていることを発見し、この菌は生長を促進させる性質をもっていると考えたのです。


細菌の名は、ジベレラプジクロイと名付けられました。


・・・この10年ほど後に、細菌から抽出された一種の生長ホルモンが、ジベレリンと名付けられて発表されました。


ジベレリンは細菌からばかりではなく、もっと高等な植物も保有していることがわかり、植物の生長を助けたり、増収に役立つ物質として注目されました。


テレビ番組と占い

視聴率を稼ぐためのテレビ番組ですから、誇張した内容になっている可能性を差し引いたほうがいいでしょう。

手法はともあれ、結果はかなりはっきりしていて、性格に多少共通性がみられるだけで、運命については共通といえるものはほとんどありませんでした。

彼女は西洋占星術から見ると山羊座で、占星術で見ると彼女の性格は、「目立ちたがりや。多才で機略に富み、しつこくて強情。セックスに問題点あり。流産の危険性がある」のだそうです。

これに対して、和泉氏は、わたくしにいわせれば、これだけ並べればどれか一つは思い当たるものがあるもので・・・。

(和泉宗章『占いの謎』集英社、1993年)と述べています。

私も和泉氏の意見に賛、成で、さらにいうなら、自分の性格を星座の性格に合わせようとする傾、向が人間にはあります。

電話での占いはココからどうぞ。

ジベ処理と種子なし 2

つまり種子の少ない遺伝子の内容をうすめてゆくやり方で、3倍体という、3代目くらいにうすめられた世代で種子なしができ上るというわけです。


栽培法としてはずいぶん面倒なやり方で、東京の深沢町にある東京農業大学の試験農場でこの実験を初めて行った時は、学生に命じて西瓜の唯喰いをさせて、種子なしができたかどうか確かめさせたそうです。


最初のうちは、学生もよろこんで食べていたそうですが、おしまいの頃は志願者が喰いすぎてダウンして、だれも居なくなってしまったそうです。


ところが折角苦心してつくった種子なしも、味の方がなんとなく種子ありよりも落ちる、栽培がめんどくさくて値段も高いし、あまりおいしくないとあっては商売にはなりません。


間もなく姿を消してしまいました。


・・・そして西瓜に変って登場したのが、種子なしブドウで、この方は評判がよろしいようです。


実はこの種子なしの作り方、最初のころは企業秒密のようになっていて、はっきりその方法が判明しなかったのです。


テレビか何かでも、ある特殊な薬を使うといった表現でもやもやと紹介されたのを覚えています。

ジベ処理と種子なし

かなり昔のことですが、「種子なし西瓜」というものが流行したことがあります。


姿形はりっぱな西瓜なのですが、ポンと切ってみると、種子がありません。


まあ、「シイナ」と俗にいうような白いしなびたような種子の出来損いみたいなものがあり、とにかくガブリと噛んでポイと吐き出さなければならない程の抵抗物はありません。


・・・ただし、なんとなく物足りないというか、風情がないといいますか、西瓜のスイカたる所以が抜けた感じがしないでもありません。


とにかく一応「種子なし」です。


そこである科学雑誌で疑問が提出されました。


「種子なし西瓜は、種子がないから、栽培することはできないではないか。種子なし西瓜のタネは、あるのかないのか」


・・・これに対する答は、もちろん種子なし西瓜の種子は、「ありません」。


種子なしをつくるには、もともと種子の少ない種類を栽培して、それぞれをかけ合わせてゆくと、メンデルの遺伝の法則にしたがって、優性の遺伝子同士(つまり種のあるもの)と劣性の種少な遺伝子との組合わせで、4個に1個の劣性同士が組合わさって種なしに近いものができます。


・・・それをまたかけ合わせてだんだん種子を消していきます。

問題を「よく見る」競争化 6

不良や失敗事例から始まった1PL。


これは、現場では、工数低減、設備保全、安全にいたるまでの広範囲にわたる、誰もが取り組める活動となりました。


・・・そんなある日、Kさんは工場長から、


「おい、1PL大会やったらどうだ」


・・・と声をかけられました。


これをきっかけとして1980年12月には第1回大会が開かれました。


81年7月からは事務部門でも実施されるようになり、1年後には全工場へと拡大されていきました。


FYKや1PLの活動の間に、同工場の不良発生件数は3分の1に激減しています。


この精機工機工場における人びとの努力は、業績と組織集団の両面において大きな成果を上げてきました。


・・・それは、いわば組革研文化の移入であり、再現だったのです。

問題を「よく見る」競争化 5

縮小コピーすればそのまま技術標準としてファイルできる用紙も作成されました。


初めは発表をしぶっていた人だちも、だんだんと動きだしました。


色もふんだんに使われるようになり、絵を見ただけでわかるものとなってきました。


1PLは、失敗事例発表の全員参加の場となってきました。


半年を経過したころから、現場へ行って聞き込みに行って、設計に関連して製造現場で困っていること・・・


あるいは、図面を少し変えると容易に加工できたり、組み付けが楽になるなどの事例を、1PLとして発表するようになりました。


・・・これを見ていた製造のNさん(部品課組長)は、毎日1人ずつの交代制カレンダーを作って、現場での1PLをやりだしました。


最初の発表はH君でした。


彼はおそるおそる、


「昨日、不良を作ってしまいました。テーブルと製品の平行芯出しをしていて、ダイアルゲージの目盛を1回転読み違えたからです」


・・・と発表。


これを聞いていたA君が、


「俺もそれやったことがあります。まずいから黙っていたんだけど・・・。


何かいい知恵はないかなあ」


・・・と言いだしました。


そしてその場で出された2、3の知恵がまとまって、すぐ実行に移されたのです。


問題を「よく見る」競争化 4

一人ひとりの体験を、どうしたら、組革研でのようにみんなのものに共有化できるだろうか?


・・・Kさんはそんなことを考えながら、他の製造部門の3人の設計係長に相談をもちかけました。


そこで誕生したのが、それぞれの失敗を簡単明瞭にワンポイントで描き、それをみんなの前で発表するという「ワンポイント・レクチュア(1PL)」です。


身近な出来事をみんなに早く知らせるということから、通称「かわら板」と呼びました。


1PLを実施するに当たり、1日1件、発表は5分以内、批評はしない、の3点を決めました。


朝の8時から、設計室の掲示板の前で立ったままやることにしました。


いざ始めようとすると、「自分のチョンボが人前で話せるか」とか、「こんな失敗、恥ずかしくてよう書けんわ」とか言いだして、なかなかスタートできなかったそうです。


「よし、言いだしっぺの俺が最初にやろう」とKさんが立ちました。


その要領で2日後から毎朝実施することにし、発表順を決めました。


1カ月を過ぎたころ、誰かが三角柱の当番立てを作り、マジックを一緒につけて回しました。

問題を「よく見る」競争化 3

工程計画では、製品図と刃具、治具、機械の条件表や技術資料を並べて、より合理的な工程計画を組み上げるミーティングが行われだしました。


重大な品質不良を未然に防いだことも何回かありました。


この過程で蓄積した工程順序、切削条件、加工機械の能力のデータやノウハウをもとにして、工程計画作業のコンピュータ化も行われました。


設計でも、読みやすい、加工しやすい図面にするためのFYKが行われだしました。


「左右対称部品の図示法」


「シャフト類加工の図示法」


・・・など、新たに設計規準が作られ、新人設計者でも間違いのない図面が画けるものになっていったのです。


10年かかって一人前と言われる設計技術者の中にあって、Kさん(機械課設計係長)が受け持つ職場の人たちの経験年数は平均2.7年でした。


何とか3~5年で一人前にさせられないだろうかと考えていた彼は、ある日、"箱根"での「失敗は宝だ」をふっと思い出しました。


設計不良も失敗と同じです。


この宝を活かす方法はないものか・・・と考えたのです。

犬の無駄吠えは防止しよう 2

病気の早期発見、早期治療はいうまでもありませんが、あれこれ心配する前に適切な判断のための診察が大事です。


さて、犬の食生活も以前と比べればずいぶん豊かになりました。


また住環境も冷暖房設備が整い、快適さが増していますが、それに伴う新しい病気も増えているのが現状です。


一方、予防医学が進歩し、昔は伝染病にかかれば死を覚悟しなければならなかったこわい病気も防げるようになりました。


犬の健康保持のために、ぜひとも防げる病気は予防してやりたいものです。


そして、無駄吠え防止も大切ですね。


もっとも恐れられているジステンパー、伝染性肝炎、パルボウィルス感染症、レプトスピラ症、パラインフルエンザなどは混合ワクチンがありますので、決められた時期に接種すれば、完全に予防できます。


また、蚊が媒介するフィラリア症も発生する時期の数カ月の間、月1回の予防薬を投与すれば完全に防ぐことができます。